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溜まったストレスは「笑い流す」

ひとつ笑えば若返り、ひとつ怒れば老けてゆく

- 斎藤茂太 作家 精神科医 -

 うつ、うつ病は古代ギリシャの時代から知られている古い病気です。双極性障害(躁うつ病)も最古の記載は古代ローマ時代に遡ります。しかし、双極性障害を含むうつ状態は現代病の様相があり、その増加、多様化が問題となっています。日本では平成10年前後から患者数の増加が問題視されており、WHOの統計でも全世界の先進国においてあらゆる病気の中で6番目に人々の負担になっているとされています。(DALY,2015年*.ちなみに上位は虚血性心疾患、肺がん、脳卒中、頸部背部痛、認知症)

 こんなに一般的な病気であるうつですが、その病態はまだ完全に解明されていません。この一つの理由がうつ病の多様性にあります。多くの病気が素因=体質と環境との複雑な影響で発症しますが、うつも全く同じです。そしてこのうつを複雑化させているものが現代型の環境因、つまりはストレスと考えられています。日本では業務上のストレスへの対応としてH27年からストレスチェック制度が開始されました。実効性のあるものにするにはまだまだと思いますが、ストレスにどう向き合うか社会が模索を始めたという意味では重要なことと思います。

 ストレスは減らせるに越したことはありません。備えあれば憂いなしですが予期せぬストレスを完全に避けることはできないですね。そうなるとストレスが病気につながること予防できるでしょうか? まずはストレスと病気の関係について考えてみましょう。

ストレスと病気の関係はよくダムの水の状態に例えられます(図;ストレスのダムモデル)。

 ストレスは雨水のように時にはしとしと、時にはザーザー降り注いで私たちの体の中にダムの水のように溜まっていきます。ダムの高さや形は人によってそれぞれですが、無限に高いダムはありませんから、溜まり続けるとどこかで限界を超えてダムが決壊し水があふれます。これがストレス性の病気です。不眠やうつに限らず胃潰瘍や円形脱毛など様々な病気がストレスで生じてしまった状態です。一度こうなると「ああ、ストレスですね。お仕事休んでね。はい。」では済まされません。体がちゃんと機能していない状態ですから補修が必要です。その役割を薬が担います。適切なお薬は土のうを積むように決壊を止め体の機能を回復させていきます。

 では、土のうを積んでも雨が降り注ぎ続ければどうでしょう?雨水=ストレスはやすやすと土のうを超えてきます。「ああ、ストレスですね。お薬飲んでください。はい。」でも済まされないのです。私たちとダムとの最大の違いは動けることです。ひどいストレスからは一時的に避難することができます。仕事や学校を休んだり、場合によっては入院して休息をとることも非常に意味があります。避けられるストレスは避けてそれ以上、雨水=ストレスが急激に溜まらないようにしなければなりません。「薬を飲んで休息をとる」が基本なわけです。

 お薬が効いて病気の症状が治って、とりあえず猛烈なストレスも止んだ状態が4番目の図です。「はい、一安心。これにて一件落着。」とはいきません。わずかでも降り続くストレスが今にも土のうを超えてしまいそうです。この時期に非常に大切なのがストレスを発散することです。これはダムで考えると水位の上昇を防ぐ放水にあたります。とても重要ですね。

 時々、ダムの決壊まっただ中にストレス発散を一生懸命されている場合がありますが、疲れるばかりで効果が上がらない場合がほとんどです。まず薬でしっかり決壊=症状を止めてから、じっくり放水=ストレス発散にあたるのが得策でしょう。

 で、じゃあストレス発散ってどうやるの?というのが今日の本題です。

 運動?カラオケ?いやいや、ディズニーランド行かなきゃダメ?

 今回冒頭の言葉は北杜夫さんのお兄さんで、同じく作家、精神科医の斎藤茂太さんの著書「笑うとなぜいいか?**」の冒頭に登場します。「感情」が心身に与える影響は測りしれない大きさがあります。感情には実に様々なものがあります。「嫉妬」や「羨望」などと複雑なものもありますが身体と直結している感情(情動)は6つが知られています。「喜び」「悲しみ」「恐怖」「怒り」「驚き」「嫌悪」でこれらは「基本情動」と呼ばれます。なんでこれらが基本なのかというと「はっきり顔に出る」からです。いや、大真面目に学問的な話ですよ。

 さて、ここのつっこむと学問的に難しい話はさておいて、これらの6つをよく見てください。「喜び」だけがポジティブな感情で他の5つは全部ネガティブな感情ですね(細かーくいうと「嬉しい驚き」は別ですが)。これらのネガティブな感情はそれぞれに特異的な体の反応を引き起こし、それが所謂(精神的)ストレスの本質となります。その反応を引き戻して体のバランスを戻す力があるのは「喜び」だけなのです。では「喜んでいる状態」ってどんな状態でしょうか?あなたの家族、お客さん、同僚が「喜んでいる」のはどうやってわかります?そう、みんなが笑顔になっている時ですね。この「笑い・笑顔」が大事なのです。

 笑い、笑顔はたった一つしかない「喜び」というポジティブな感情と直結しています。何かをやって、何かを見て、笑えるならばそれが最上のストレス発散です。運動でもカラオケでもディズニーランドでも、ヘトヘトで眉間にシワがよるばかりでは何をやってもストレス増ですよね。何で笑えるかは人それぞれですからストレス発散法は人の数だけあるといって過言ではありません。

 笑い、笑顔は真似をするだけでも効果があります。うつのひどい症状はとれたけど、まだ喜べる感じはないなというときは口角を上げて顔だけ笑顔にしてみてください。笑顔を作れた時間分だけストレスは発散されていきます。

 ダムモデルを考えてもらえば笑顔になれる時間を増やす=ストレス発散をこまめに行うことは、うつを含むストレス性の病気の予防(再発予防)にもとても重要なことがお解りいただけると思います。ふりかかって溜まっていくストレスがなかなか止められないのなら、溜まりかけたストレスを「笑い流す」ことが病気を未然に防ぐ秘訣と言えます。「最近笑ってないな」というあなた、まずは週末の笑顔プランを練ってみてください。さて、全く思いつかないという方にはぜひ斎藤先生の本を手に取ってみられることをお勧めします。

*http://www.who.int/healthinfo/global_burden_disease/estimates/en/index2.html

** 斎藤茂太 笑うとなぜいいか? 波乗社 2015

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